米政府の懸念表明とASMLの反発

米国の Howard Lutnick 商務長官が、ASML の幹部との最近の会談で、同社の EUV リソグラフィシステムが輸出規制に違反して中国に到達した可能性があると懸念を示したと報じられました。(出典)

ASML は「全くの根拠のない噂」として、このような主張が会社の評判を傷つけていると反発しています。

ASML の報道担当者は、「最近数年間、ASML は中国に関する輸出規制違反に関する根拠のない噂を複数回否定してきた。これらの主張は不正確であり、当社の評判に悪影響を与えている」と述べました。さらに同社は明確に「ASML は中国に EUV マシンを一度も出荷したことはなく、EUV マシンで使用する特別設計のコンポーネント、モジュール、機器も一切出荷していない」と強調しています。

この主張の背景には、Wassenaar Arrangement(ワッセナール・アレンジメント) という国際的な輸出規制枠組みがあります。この枠組みに基づき、ASML は中国の顧客に対して EUV 装置の販売を厳格に制限されています。実際、中国の半導体受託製造大手 SMIC が購入した唯一の EUV 装置は、現在もオランダに留置されたままです。

米政府の「証拠」と ASML の技術的主張の矛盾

ここで興味深い点は、米政府高官は証拠を持っていると主張しながらも、その詳細を一切明かしていない ということです。Bloomberg の報道によると、複数の政府高官は ASML が EUV システム関連の機器を中国に輸出した可能性を示唆する情報を保有していると述べているものの、理由として「情報の機密性」を挙げて開示を拒否しています。(出典)

一方、ASML は技術的な理由から、装置の流出がいかに不可能かを詳しく説明しています。その主張を以下にまとめます。

項目 詳細
構成 100,000 個のコンポーネントで構成
重量 180 トン
輸送方法 複数の航空機での空輸のみ
検知能力 全 EUV 装置は ASML と継続的に通信し、異常検知が可能
再構築可能性 部品やスクラップから製造することは物理的に不可能
インストール 専門的なロジスティクス対応が必須で、ASML の直接支援なしに移動・再設置は不可能

100 トンを超える装置の秘密裏の輸送は、国際スキャンダルなしには成功不可能だとASML は指摘しています。

この点は、自作 PC で Stable Diffusion やローカル LLM を扱う立場からしても強く共感できます。計算機械のような複雑なシステムは、無断で移動・改造することは物理的にも技術的にもほぼ不可能です。EUV 装置はそれをはるかに上回る複雑さを持つ機械です。

ASML の追加主張と現状の把握体制

ASML は Bloomberg に内部プレゼンテーション「中国に ASML EUV システムが存在した兆候はない」を提示したと報じられています。このドキュメントによると、現在世界中で 314 個の EUV システムが稼働中で、26 個が廃止されている とのことです。(出典)

さらに重要な点として、ASML はこうした情報を以下の理由から保有していると説明しています。

  • 継続的な通信監視 — 全 EUV 装置が ASML と常時通信しており、接続中断や異常動作を即座に検知可能
  • ロジスティクス制約 — 装置の複雑さにより、顧客独自での解体・輸送・再設置は物理的に不可能で、ASML の直接支援が必須
  • 複雑性による逆転エンジニアリング不可 — 個別部品から装置全体をリバースエンジニアリングすることは(複雑さの観点から)事実上不可能

ASML は「政府リーダーと透明で開かれた対話を定期的に行う」とも述べており、国家安全保障上の懸念を理解する一方で、根拠のない指摘への対抗姿勢を明確にしています。

対立の背景と業界への影響

この騒動は、米国と中国の半導体産業に関する対立の最前線を象徴しています。EUV リソグラフィ装置は、現在のところ世界で唯一最先端の半導体パターンを印刷可能な技術であり、その独占性ゆえに戦略的に極めて重要です。(出典)

ASML としては、信頼性が事業の根本であり、輸出規制の厳密な遵守は既定方針です。同社がこれほど強く反発するのは、不正確な指摘が今後の商取引や国際的な信用に深刻な影響を与えることを懸念しているからです。

一方、米政府側は(少なくとも公式には)具体的な証拠を提示していないため、この段階では「情報戦」の様相を呈しています。エンジニアの方や業界関係者からすれば、いずれかが根拠なく主張しているのか、それとも情報セキュリティの事情で開示できないのか、判断が難しい状況が続いています。