ライセンス選択の変遷と「SaaSループホール」への問題意識

フィンランドの著名なソフトウェア開発者であるベルティ・ヘックマン氏は、28年間のソフトウェア開発キャリアにおけるライセンス選択の変遷と、最近EUPL(European Union Public License)へ移行した理由をブログで発表しました。氏のプロジェクトはかつてLGPLv2やMITライセンスを利用していましたが、現在はEUPL 1.2を"デフォルトライセンス"として採用しています。

ヘックマン氏は、かつてウェブフレームワーク「Midgard」でLGPLv2を採用し、JavaScript関連ではMITライセンスを使ってきたと説明しています。しかし、近年ではオープンソース陣営が「自由なソフトウェア」を追求する中で、大企業が安価にソフトウェアを構築し、巨大な利益を上げるのを助けてきただけではないか、という疑問を投げかけています。

EUPLは強力なコピーレフトライセンスであり、ソフトウェアの配布方法に関わらず、相互ライセンス供与を要求することで「SaaSループホール」を塞ぎます。(出典)

この「SaaSループホール」とは、SaaSプロバイダーがオープンソースソフトウェアを改変してサービスとして提供する際に、その改変ソースコードを公開する義務を負わないという問題点を指します。これは、従来のGPLなどのコピーレフトライセンスが「頒布(distribution)」という概念に重点を置いていたため、ネットワーク経由でのサービス提供が"頒布"に当たらないと解釈されがちだったからです。EUPLは、この課題に対して明確な解決策を提示している点が注目されます。

EUPL 1.2の特徴と開発者にとっての意義

EUPL 1.2は、欧州連合によって作成され、OSI(Open Source Initiative)によって承認されたフリーソフトウェアライセンスです。その最大の特徴は、前述の「SaaSループホール」を塞ぐ強力なコピーレフト性です。これは、ソフトウェアをサービスとして提供する企業に対しても、改変したソースコードの公開を義務付けるものです。

私としては、この"配布方法に関わらず相互ライセンスを要求する"という点が、現代のクラウドネイティブな開発スタイルと非常に相性が良いと感じます。GPLv3やAGPLv3に近い考え方ですが、EUPLは欧州法に基づいている点がユニークです。

特徴 MITライセンス LGPLv2 EUPL 1.2
コピーレフト性 弱い(許可的) 中程度(ライブラリ利用に制限) 強い(SaaSループホール対応)
商用利用 自由 自由 自由
ソースコード開示義務 なし ライブラリ改変時のみ サービス利用時にもあり
地域性 なし(米国法がベース) なし 欧州法準拠(23言語対応)

EUPLのもう一つの重要な利点は、23言語で法的に有効な公式翻訳が提供されている点です。これは、"Valley"(シリコンバレー)の外でソフトウェアが構築・利用される現代において、国際的な法的明確性をもたらす上で非常に有用ではないでしょうか。

例えば、私が個人開発しているサービスにもオープンソースライブラリを多用しますが、ライセンスの解釈で頭を悩ませることも少なくありません。こうした多言語対応は、グローバルな開発者にとって大きな安心材料になると感じます。

EUPLへ移行した具体的なプロジェクト事例

ヘックマン氏は、すでにいくつかのプロジェクトをEUPLライセンスで公開しています。具体的には、JavaScriptで実装されたメッシュネットワークプロトコル「reticulum-js」、分散型認証システム「dacar」、再生可能エネルギーを搭載した船舶向けの予測システム「signalk-energy-predictor」、衛星テキストメッセージ経由でブログ投稿や気象データをダウンロードするツール「offshore-blogging-system」などです。また、NoFlo開発環境の新しい書き直しもEUPLで行われているとのことです。

既存の「NoFlo」自体は、多くの第三者貢献があるためMITライセンスのまま維持されるとしています。(出典)

この動きは、プロプライエタリなクラウドサービスによるオープンソースの"搾取"に対して、開発者コミュニティがより積極的に対抗しようとする姿勢の表れだと感じます。特に、クラウド環境で動くサービスを開発するエンジニアにとっては、自作のライブラリやツールをEUPLで公開することで、意図しない利用から自身の貢献を守る有力な選択肢になり得るでしょう。私も、GCP上で動く自分の個人プロダクトの基盤ライブラリについて、EUPLのようなライセンスを検討する価値があると感じています。

オープンソースの持続可能性とライセンス選択の未来

ヘックマン氏のライセンス変更は、単なる個人的な選択に留まらず、オープンソースソフトウェアの持続可能性という大きなテーマを提起しています。特にSaaSが主流となった現代において、従来の許可的ライセンスは、巨大企業に利益をもたらす一方で、オリジナル開発者やコミュニティへの還元が不十分であるという批判が強まっています。

EUPLのような強力なコピーレフトライセンスが再評価される背景には、このような現状への問題意識があると考えられます。開発者が自身の貢献を守り、公正なエコシステムを構築しようとする動きは、今後さらに加速するのではないでしょうか。

AI / LLMの分野でもオープンソースモデルが多数登場しており、その利用規約やライセンスモデルは今後さらに複雑化していくことが予想されます。この動きは、オープンソースの未来における重要な転換点になるかもしれません。