ユーザーが愛する Undo/Redo、開発者が直面する実装の壁

Undo/Redo機能は、現代のソフトウェアにおいてユーザーが当然のように期待する基本機能です。この機能があることで、ユーザーは以下のような恩恵を受けられます。

  • 間違いからの回復: 意図しない操作(誤削除など)から簡単に復旧できます。
  • 試行錯誤の促進: 新しい機能を気軽に試せるため、学習や探求を後押しします。
  • ゼロコストでの反復: UndoとRedoを組み合わせることで、過去の操作を巻き戻したり進めたりしながら、効率的に作業を進められます。
  • 安心感: 正しく実装されたUndo/Redoは非破壊的な操作であり、ユーザーに安全と快適さを提供します。

Undo/Redoは、ユーザーの創造性と安心感を支える不可欠な機能であり、その重要性は計り知れません。

しかし、このユーザー体験を支える裏側では、開発者が想像以上に複雑な課題に直面しています。主記事の筆者も、共同編集対応のToDoアプリにこの機能を追加しようとした際に、多くの困難に遭遇したと述べています(出典)。

なぜ Undo/Redo の実装はそれほど難しいのか?

筆者が挙げた困難の具体例を以下にまとめます。

  • 過去の経験: WYSIWYGエディタへのUndo/Redo追加で、チームが長期間苦労し、多数のバグが発生したのを目の当たりにした。
  • 既存ライブラリの不足: マルチプレイヤー(共同編集)対応のUndo/Redoライブラリがほとんど見つからず、Replicache社のライブラリでさえ対応していなかった。
  • 共同編集アプリでの欠如: 「しっくりくる」Undo/Redoを実装している共同編集アプリをほとんど知らない。主要アプリでもその不在が目立つ。
  • 学術的背景: Undo/Redoに関する複数の学術論文や修士論文が存在する。これは単純な概念ではないことの証左です。
  • 大手企業の苦戦: LiveblocksやFigmaといった分野の大手企業もこの問題に言及しているが、FigmaのUXは未だ改善の余地があるとのことです。

特にマルチプレイヤー環境でのUndo/Redoの実現は、想像以上に深い専門知識と経験が求められると感じます。PythonやTypeScriptで日頃コードを書いている身として、このような複雑なロジックをゼロから設計するのは骨が折れる作業だろうと共感します。既存ライブラリが充実していない現状は、多くの開発者にとって参入障壁になっているのではないでしょうか。

共同編集における Undo/Redo の「奇妙な側面」

共同編集環境では、Undo/Redo機能はさらに「奇妙な振る舞い」を見せることがあります。筆者が挙げた具体例を見てみましょう。

状況 ユーザーの行動 発生する問題/不安
履歴の利用 「元に戻す」を繰り返して過去の状態に戻り、内容をコピーし、「やり直す」で現在の状態に戻って貼り付けたい。 期待通りに動作しないことがある。途中で別の操作を挟むと「やり直し」ができなくなる場合がある。
「やり直し」ボタンの無効化 「元に戻す」を数回実行した後、一文字入力すると、「やり直し」ボタンが無効になる。 編集履歴が失われたのではないかという不安。「やり直し」ができないことで、それ以降の履歴も失われる可能性がある。
ウィンドウ・デバイス間の履歴同期 ウィンドウを閉じる、または別のデバイス・タブでアプリを開く。 Undo履歴が失われる。元のタブが開いていれば履歴は残るが、別のデバイス・タブでは利用できない。
複数タブでの操作 元のタブを開いたまま別のタブで編集し、元のタブに戻って「元に戻す」を実行する。 意図せず状態が破損する可能性がある。どの変更がUndoされるべきか、システムが混乱する。
共同作業中の Undo 共同ホワイトボード(Figmaなど)で、互いの作業領域を避けながら編集する。他の人が編集したオブジェクトを、後から誰かが「元に戻す」を実行した場合。 共同編集者の作業が意図せず元に戻され、状態の整合性が失われる可能性がある。

マルチユーザー環境では、Undo/Redoが単一ユーザーのそれを遥かに超える複雑性を持つことが、これらの奇妙な振る舞いから見て取れます。

これらの問題は、操作履歴をどのように管理し、複数のユーザー間でどのように同期・衝突解決するかという、分散システムの根幹に関わる課題が密接に関わっていると感じます。特に、異なるデバイスやタブ間での履歴の整合性維持は、個人的にLLM開発でローカルPCとクラウド環境を行き来しながら作業する際に、バージョン管理の重要性を痛感している部分と重なります。どこまでがユーザーの変更で、どこからが他のユーザーの変更なのかを正確に把握し、非破壊的に処理するのは、緻密な設計が必要です。

実装の鍵:履歴モード Undo と衝突解決

主記事の筆者は、これらの課題を解決するために、概念実証(PoC)の実装を通じて重要な知見を得たと述べています。特に「履歴モード Undo」や衝突処理、非同期操作への対応が含まれている点は注目に値します。GitHubでソースコードが公開されているとのことなので、これはぜひ参照してみたいですね。

詳細な実装内容には記事内で深く触れられていませんが、学術論文やLiveblocks、Figmaのような企業がこの問題に取り組んでいることからも、その解決策が単一のシンプルな手法で実現できるものではないことが示唆されます。おそらく、Operation Transformation (OT) や Conflict-free Replicated Data Types (CRDTs) といった分散システムにおけるデータ同期の技術が背景にあると考えられます。

  • Operation Transformation (OT): 共同編集エディタで一般的に用いられる技術で、複数のクライアントからの操作を変換し、一貫した状態を保つためのアルゴリズムです。しかし、その実装は非常に複雑で、Corner Casesへの対応が難しいとされています。
  • Conflict-free Replicated Data Types (CRDTs): 分散システムにおいて、競合を起こさずに複数のレプリカ間でデータが自動的にマージされ、常に一貫性を保つことを保証するデータ構造です。OTよりも実装が容易であるとされ、近年注目を集めています。

これらの技術をUndo/Redoの文脈でどのように適用し、ユーザー体験を損なわずに共同編集環境下で機能させるか、それが最も難しい点でしょう。筆者がPoCで実装した「履歴モード Undo」という概念が、これらの技術をうまく抽象化し、より直感的なUndo/Redo体験を提供している可能性も考えられます。今後の詳細な発表に期待したいところです。

まとめと個人的な所感

今回の記事は、共同編集システムにおけるUndo/Redo機能が、表面的なシンプルさとは裏腹に、非常に深く複雑な問題であることを改めて認識させてくれました。特に、マルチユーザー環境での「奇妙な側面」は、単なる機能実装を超えた分散システム設計の課題を含んでいます。

主記事の筆者がPoCを公開しているのは、この分野に携わる開発者にとって非常に価値のある情報源です。Pythonバインディングが提供されていれば、自分の個人プロダクト(Todoアプリやメモアプリのようなもの)に組み込んで、実際にその振る舞いを試してみたいと強く感じました。ドキュメントが充実していることを期待したいですね。

Claude CodeにこのPoCのコードを解析させて、詳細な挙動を探ってみるのも面白そうです。AIが複雑な分散システムのデバッグや理解を助けてくれる日も近いかもしれません。